厚生労働省はがん患者の遺伝情報をもとに最適な薬を選ぶ「がんゲノム医療」について、検査で判明した遺伝情報などを国立がん研究センターに提供することを条件に保険適用することを決めました。データが集まる仕組みを作ることで治療の精度向上や創薬に生かせることを期待しています。
がんは遺伝子の変異をきっかけに発症します。遺伝子変異を探して対応する薬を投与すれば効果は高まります。治療薬を選ぶには多数の遺伝子を同時に調べる「がん遺伝子パネル検査」が不可欠です。18年12月にシスメックスと中外製薬の検査が薬事承認され、6月1日から初の保険適用となりました。また6日には、コニカミノルタが遺伝子検査パネルを開発すると発表しました。
検査は遺伝情報(ゲノム)に基づく個別医療「がんゲノム医療」の柱となります。国立がん研究センターなどが開発した検査手法と、米ファウンデーション・メディシンの手法が保険適用となりました。
いずれもゲノムのごく一部を調べます。検査費用は56万円ですが保険適用で自己負担は3割程度ですむことになります。1ヶ月の自己負担の上限を定めた高額療養費制度を利用できれば、自己負担はさらに抑えられます。ただ対象固形がんの患者で、最適な治療法である「標準治療」を終えた場合などに限られます。
検査には時間もかかります。がん組織を採取後、検査会社や国立がん研究センターでの解析、特定の病院に設けられる専門家会議の議論などを経て、結果と治療法の情報が戻るのに約1カ月を要します。
最適な薬がみつかり治療できるのは全体の1~2割どまりとみられ、過度の期待は禁物です。未承認薬の使用や臨床試験参加の手続きも必要です。状態の悪い患者は、治療が間に合わなくなる懸念もあります。遺伝子異変が見つかっても薬が存在しない場合もあります。治療の精度向上には症例を重ねることが不可欠になります。
ゲノム解読の費用は技術の急速な進歩を受けて低下し、最新装置なら1人あたり10万円程度でゲノム全体を一通り調べられるようになりました。今後も人工知能(AI)を活用することで、さらに費用が下げることが期待されています。
ゲノム医療は早期がんの患者を広く検査し、悪化前に治療してこそ効果が高まると多くの専門家が指摘しています。遺伝子データを解析して活用する取り組みは欧州で先行しています。英国は50万人を対象に遺伝情報などを調査し、がんや心臓病、脳卒中など様々な病気や診断、治療法の開発にデータを活用しています。フィンランドも50万人規模の遺伝情報を集める計画を進めています。
先月訪問した中国深センでは、ゲノムの活用は信用格付けや、アルコール依存の対策、結婚後の出産や離婚などの生活などにも活用され始めていました。
検査では予期せぬ遺伝子の異常がみつかる可能性もあり、カウンセリング体制の充実は欠かせません。保険加入や雇用の際に、遺伝子の特徴を理由とした差別を禁じる米国のような法制度も今後整備される必要がありそうです。