長生き時代になり寿命が延びて喜ばしい反面、高齢による心身の衰弱は誰にでも訪れてきます。判断能力の衰えは自動車事故などにあるよう、今までの普段の生活に影響を与えています。金融業界でも高齢者の運用判断やその資産残高に注目が集まるようになってきました。そこで脚光を浴びているのが、金融・医療など幅広い知識を持ち寄り、問題解決の糸口をたぐる金融ジェロントロジー(金融老年学)です。
日本の認知症患者が2035年に保有するとみられる有価証券の総額はおおよそ150兆円と言われています。日本の一年間の一般会計支出の約1.5倍にあたりますから、かなりの額になります。認知症を患っている人は日本では約500万人。今後も長寿化の進展で患者が激増するのは目に見えています。その方々が持つ巨額の金融資産はどうなってしまうのでしょうか?消費や投資に回らなくなると本人にとっても日本経済にとっても不幸になります。まさにそのお金は死蔵となってしまいます。
金融ジェロントロジーは、このような認知症の問題を含めて高齢化が金融サービスにどんな変革を迫るのか、その解を導こうという新しい学問領域です。認知症の発症に至らなくても、多くの人は年をとれば認知能力の衰えに直面します。今後、金融サービスを受ける多くの人たちはそうした心配を持つようになります。高齢層は資産格差が現役世代より大きく、画一的な対応は難しい状態です。しかし、人口構造の高齢化とともに資産も高齢化するのははっきりしています。
今年4月に各金融機関と大学が組んで日本金融ジェロントロジー協会が設立されました。認知科学や脳神経科学、心理学、経済学などを組み合わせ、最適な高齢者向け金融サービスのあり方を研究する枠組みです。医学から社会保障など幅広い内容を盛り込み、販売などの現場で想定されるケーススタディーを学んだりします。例えば認知能力が衰えた人は、相手の表現の仕方に自分の決定が左右される傾向があるそうです。B S放送などでよく流れているテレビショッピングなどは、高齢者のこうした特性を捉えて構成されています。
郵便局や銀行・証券会社などと高齢者との販売トラブルは枚挙にいとまがありません。それら金融機関では個人客が認知能力に問題があると判断した場合、有価証券の新規売買を止めたり、本人だけによる保険契約や預貯金の引き出しを認めない、などサービスを制限しているのが一般的です。
一方新たの取り組みも始まっています。広島信用金庫では、高齢者と緊密な意思疎通を図ろうと、資産を預かる顧客約1万4000人に対し、最低でも半年に一度は接触します。
福岡銀行や広島銀行では、認知症になっても資金を管理できるよう後見制度を活用した預金やオーダーメードの金銭信託など商品開発が進みます。
I Tなどを駆使して金融サービスに革新をもたらすフィンテックは問題解決に期待されています。英国のH S B C銀行は、認知症に優しい銀行を標榜し、認知能力が衰えた人が使いやすく安全で確実な取引手法の開発に取り組んでいます。
近い将来、金融機関はお金の面だけではなく、住まいや介護サービスなど高齢者の暮らしの領域や家族の問題にも深く関わる場面がみられるようになるかもしれません。利用する私たちも金融機関の進化を知って、上手に活用する必要があります。